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         八月のお便り(2)

「暑い暑い」「むし暑い」「早く夏が終わってくれればよい」と願っている人は多い。
遅く始まった盛夏であったが今年の暑さは身にこたえるものがあった。
しかし夏生まれのせいか冬が早く終わるのを願う事は多くても「夏が早く終わってほしい」と願ったことはない。

八月になってやっと休みがとれて訪れた御殿場の山荘ではひぐらしが鳴き秋を告げる野の花も咲き始めていた。

その中で20日、21日と連日高校野球の決勝戦に一喜一憂した。
「一喜一憂した」といっても駒大苫小牧を応援したわけでも早稲田実業を応援したわけでもなかった。

たまたま山荘に休みに来ていた50年も私の仕事を手伝ってくれている今道と近所にある「リンデンバウム」というドイツレストランで昼食をすることになっていた。

そのレストランは鄙には稀なと云う云い方をしては悪いかもしれないが、小さい一軒家だが左側の入り口を入るとすごく働きもののおばさんがドイツ料理だけではなく自分の工夫した手料理(五穀米入りのおいなりさんとか大正エビの入った大きな天むすとか肉ではなく鳥だんご入りの肉じゃがなど)いろいろ作って並べている上にホームメイドのケーキ、クッキーそしてまた胚芽入りのパン大型スペッツェルなど珍しいおいしいものをたくさん売っている。

左手のドアから入るとそこはこじんまりみえるけれど20数席のレストランでドイツ人のシェフ、日本人の奥さんがサービスをしている。奥さんは隣のおばさんと母子なのだ。

レストランに予約を入れようとしていたら、今道が「でも甲子園の決勝戦今日の1時からですよ」と云う。「じゃ早いところたべて1時迄に帰ろう」

リンデンバウムのメニューは豊富でアイスバイン(豚足料理)も前もって注文すれば作ってくれるそうだ。

ランチメニューはABCとあり980円、1580円、1850円と安い。
人参やピーマン、レタストマトなどあしらったサラダ、ポタージュスープ。

私はローストチキン、今道はつめ物入りロール豚肉煮込み、デザートは果物のタルト、飾りにバナナやオレンジキウイなど薄切りに供してあった。

厨房の中で背の高い若いドイツ人がきざみものなどしているのに「おいしかった(シュメクトグート)」とドイツ語で言ってみたら通じたのか通じなかったのか返事はなく・・・にっこり笑った。

一時ちょっとすぎテレビの前に座り込んだ。

元々私は野球は好きである。
小学校の同級生山崎喜暉が東大野球部のキャプテンだったから六大学の野球はよく見に行った。戦前の話だがその頃珍しく東大が決勝戦まで残った試合も見た。

「どっちを応援しているの」と今道に聞いたら「早稲田です。東京ですもの」と答えるのに「私には苫小牧の方が強そうに思えるけど」そんな程度の見方をしていた。

早稲田の斉藤選手が美青年で格好よいけれど線が細く頼りなく思えたのだった。
それなのに終盤戦に入る頃は一投一球に肩に力が入って息が詰まって胸がドキドキしてまるでステージに出る前の気持ちと同じように苦しくなった。

延長戦に入ったら更に苦しくなって、それならテレビの前からはなれればよいのにはなれられなくて、もうどっちでもよい。早いところ点を入れてはっきりしてほしい。と願う始末。1時から4時37分迄それこそ固唾を飲んで見入ってしまった。

OBの王貞治監督は「死力を尽くした夏の決勝戦にふさわしい球史に残るいい試合でした。両校ともお見事。明日の再試合では疲れを乗り越えて勝ち負けを考えず全力を挙げて戦ってください」といういかにもかつての名選手らしい励ましのコメントを発表されていた。

翌日今道は「早く帰って自宅で野球見ます」と帰京した。
私はまよいながら結局テレビの前に坐った。

テレビの前で見ようか見まいかためらったのだ。一喜一憂して勝手に疲労困憊するより結果が出るのを待って「そうか」と納得したほうが楽だと思ったからだ。前日の試合の最中今道は席を立ったり新聞を読んだりした。「まじめに見ないの」と云ったら「私が「みてると早稲田の選手がとちるから見ないようにするんです」その心境がわかるように思えたのは私も今道につられていつのまにか早稲田を応援していたからだった。

苫小牧の選手達は皆強そうでそして強かった。
早稲田は相手にくらべるとちょっと弱くみえた。体力も精神力も気迫も苫小牧におとらなかったのだが、こんな激戦に耐えられるかしらと心配でテレビを見ているのが辛かった。

それ程接戦であり熱戦であり死闘と云うほどにはげしい戦いであったのにすがすがしさが残ったすばらしい試合だった。
真剣に生きる、心を込めて願いを込めて祈るようにプレーしていた若者達の姿に感動した。

高校野球が終わると夏が終わったという思いになるものだ。
父石井光次郎が朝日新聞の営業局長を勤めていた時「何か夏のよびものを考えよう」という事から甲子園高校野球の主催が始まったと聞いている。

父が企画しそしてずーっとつづいてきた高校野球は今年で88回。
私が力をそそいできたパリ祭コンサートは今年で44回。そんな気持ちも加わって2006年の高校野球は私にとって深く心に残るものがあった。

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         八月のお便り(1)

盛夏となりましたね。

ホームページご無沙汰してしまいました。
パリ祭のコンサート、NHKを始め7月中に8回行ったのでいささか疲れ御殿場の山荘で休養していました。

ゆっくりした気分で久しぶりにテレビを見ましたけどあまり見たいものが無くてがっかりでした。
御殿場のテレビではテレビ朝日もBSも入らず5チャンネルしか見られないのですが、どこの局も同じような番組を見せるのですね。出演する人もいつも同じ顔ぶれでこれでは新人も育つまいと心配になりました。
テレビの初期、大宅壮一氏は「一億総白痴化」と予想されましたけど・・・お笑いが多いですね。ワハハハワハハハ、テレビを通してのから笑いはむなしくひびきました。

そんな中での高校野球は清々しく感動的です。
高校野球を見ながら父母と過ごした夏の軽井沢を思い出しました。
父はテレビの前に座って毎日毎日高校野球に見入っているので、母と私は街に出て買い物でした。

夏の軽井沢は人出でごったがえしています。
「なにか買ってあげる。何か買いなさいよ」と母がすすめます。
8月4日は私の誕生日なので「何でも買ってあげる」と云うのです。

あまり気も進まなかったのですが、夏の軽井沢はたくさんのお店がきそいあってしゃれた衣類や珍しいアクセサリーなど売っているので、ついついそれにつられてあれもこれもということになって了います。
父も母も亡くなってずい分長い年が過ぎたのに、その頃買って貰ったスカートやブラウスをこの夏も身につけたりして。
そのスカートもブラウスももう古くなって色あせているのに気がついて淋しい気持ちになったりして・・・

「あっお盆だ」お墓参りにゆかねばとあわてています。

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